珠玉のメッセージ 2025年11月12日

「正解よりも、香りを」

朝から暗い空。
風がうなり、雨が窓を叩く。
まるで季節が何かを訴えているように。
天気予報では「今から太陽が出て小春日和になる」と言っていた。
こういう時代、予報の精度は本当にすごい。
けれど、ふと私は思う。
あまりにも「正確」であることが、人の心の揺らぎや、
微妙な温度を奪ってはいないだろうかと。

小春日和。
本来は、晩秋から初冬にかけての、柔らかい陽射しのこと。
けれど多くの人が「春先のあたたかさ」と思い込んでいる。
そうやって、言葉の意味は少しずつずれていく。
「ちょうふく(重複)」を“じゅうふく”と読む人が増え、
「さっきゅう(早急)」が“そうきゅう”に変わるように。
言葉は生き物だ。
そして多数が使えば、それが正解になる。

けれど私は、思う。
「正解」はいつも静かに、
人の心の「情緒」を犠牲にしていくのかもしれない。
それはどこか、寂しいことのようにも感じる。

正しさばかりがもてはやされるこの時代に、
「感じる」という力がどれほど置き去りにされているか。
HSP気質の私は、その揺らぎに敏感だ。
ほんの少しの湿度の違い、光の角度の違い、
人の声のトーンのわずかな変化。
それらを敏感に受け取っては、
時に疲れ、時に深く癒される。

そんな日には、私はコーヒーを淹れる。
今日はケニアの浅煎りをフレンチプレスで。
豆を挽くと、甘酸っぱくてフルーティーな香りが
部屋いっぱいに広がっていく。
まるで、雨の合間に差し込む光の粒のようだ。

ケニアの高原で、この豆を育てている人々の姿を思う。
強い日差し、赤い大地、乾いた風。
それでも彼らは、手間を惜しまず一粒ずつ丁寧に選別し、
豆に祈りを込めている。
その祈りが、海を越え、私の手元に届く。
この一杯は、単なる飲み物ではなく、
遠くの誰かの「いのちの温度」を感じる儀式でもある。

私はフレンチプレスのプランジャーをゆっくり押し下げながら、
深呼吸をひとつする。
香りが立ちのぼり、
心の奥にふっと灯りがともるような感覚。

それは「癒し」というよりも、
「還る」感覚に近い。
自然に、そして自分に。

スピリチュアルな世界でよく言われるように、
私たちはいつでも「本来の自分」に還ろうとしている。
頭ではなく、心で生きる。
他人の正解ではなく、自分の体が示すサインを信じる。
それが、魂のコンパスを取り戻すことなのだと思う。

窓の外を見ると、
天気予報どおり、雲の切れ間から太陽が顔を出した。
柔らかな光が、濡れたアスファルトを照らしている。
その光を見ながら、私は思う。

便利で正確な時代は、たしかに生きやすい。
けれど、「正解」ばかりを追うと、
人間らしい「情緒」や「詩」が削がれていく気がする。

曖昧で、移ろいやすくて、
誰にも測れない「感性」。
それこそが、人生を深くしてくれる本質ではないだろうか。

今日も、誰かがスマホで天気を確認し、
AIが気温と風速を伝えてくれる。
けれど、
空の匂いや、雲の流れの速さ、
光のやわらかさを感じ取るのは、
機械ではなく、私たちの「こころ」だ。

ケニアの浅煎りをひと口。
その酸味の奥に、太陽の光を感じる。
そして私は、静かに思う。

「正解よりも、香りを」
それが、今日の珠玉のメッセージ。
情緒を失わずに生きるということは、
世界と、そして自分と、
優しく繋がり続けるということ。

今日も、あなたの心が少しでも温まりますように。
そして、どんな天気の日も、
あなたの魂が「晴れ」でありますように。

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